「こら前鬼! いつまで寝てるのよあんたはッ! 今日は布団干すんだから早く起きてよ!」
 バタバタと布団の上から叩かれる。引き剥がされようとしているぬくもりが惜しくて、前鬼は掛け布団にしがみついた。
「あ、コラ! もー! は・な・し・な・さ・いってばッ!!」
 しぶとく布団にくっつく式神を引き剥がそうと、小明はぶんぶん布団を振り回す。ぎゃんぎゃんと容赦なく突き刺さる声に、さすがの前鬼も眉を顰めた。
(うるせーなあ、いいじゃねえか別に)
 起きてすることもないし、腹は減ったが、まだ布団に包まっていたいという欲求の方が僅かに強い。干されてしまうのなら尚更だ。
「もうッ! 後鬼丸くんなんてもうとっくに起きて、掃除の手伝いしてくれてるっていうのに!」
 相棒と比較されて少々気分を害したが、それでも布団は手離さない。
 そうこうしているうちに、小明さんと呼ぶ声が聞こえて、小明はすぐ行くからと応えた。
「早く起きてご飯食べちゃってよね、片付かないじゃない!」
 腹立ち紛れのように、乱暴に布団ごと放り投げられる。落ちた場所がベッドだったおかげで、痛みは殆どなかった。立ち去っていく気配を感じながら改めて布団に包まる。
 それでも十数分後、やってきた小明に怒鳴られて布団を振り回され、空腹が我慢できなくなった頃、ようやく大儀そうに起き上がってやるのだ。その頃には、中のぬくもりも随分薄らいでしまっているから。

 

 何をしなくても出てくる食事。柔らかく温かい寝具。傍にあるぬくもり。
 けれど前鬼は、これが都合のいい夢だということを知っていた。これは前鬼の記憶であって現実ではない。暖かく優しいものは何もないただ冷たいだけの世界が、今いる場所だ。知っている。忘れてなどいない。けれど。
(ちあきに、もっと)
 触れたかった。
 引き寄せて抱き締めることだって、それはきっと酷く簡単なことだっただろうに。
 目を開けたくない。このまま眠っていられたらいい。そうしたら、今度こそは触れられるだろうか。

 

 

それすら、もう