こちらが一歩踏み出すごとに、女は一歩後退る。
本来なら何度やっても距離は変わらない筈だが、圧倒的に違う歩幅のせいで互いの間は簡単に埋まってしまう。おまけにこの場所は大概に狭い。ちょっと壁際まで追い詰めてやればもう逃げ場はないし、そうでなくとも、腕を軽く引き寄せてやりさえすれば事足りる。けれどそうせず、敢えてこの不毛な追いかけっこに付き合ってやっているのは、一重に、この女の決心を促すためだ。
だってオレ様はもう充分に我慢しただろう。忍耐力は無に近かったこのオレ様がだ。褒められて褒美を与えられる道理はあっても、この上さらなる時間延長など許せる筈がない。餌は、確かに我慢した方がより美味くなるが、限度を超えると何より憎い敵になること、てめえは知ってるか? 知らねえだろうな。仕方がねえからオレ様が教えてやるぜ、これから長い時間をかけてじっくりとな。有難く思いやがれ。
静かにゆっくりと、だが確実に追い詰めていく。
女の肩が壁に当たった。目はその壁を一瞥するとまた正面に戻る。唇は硬く引き結ばれたままだったが、細い喉がごくりと上下した。お、そろそろ降参か? あらいざらい吐き出しちまった方が楽だし、てめえの身のためだぜ。
だがそう思ったのも束の間、望んだものは吐き出されない。そんなに難しいことでもねえだろうが。少なくとも、てめえの勉強とやらよりはずっと簡単な筈だ。何故なら答えは一つしかない上にもう目に見えてる。そんなことも解んねえってのか、つくづくしょうがねえ奴だな。まったくもって手のかかる女だ。
その口を抉じ開ける方法ならごまんとあるが、そっちがその気なら気が済むまで付き合ってやろうじゃねえか。あとで後鬼どもに無理矢理言わせただの何だのと難癖つけられることの方が我慢ならねえ。
女の顔の横に手を置くと、大袈裟なまでにびくりと震えやがった。そんなにビビらなくても取って食いやしねえってのによ、今はまだ。
さっさと諦めちまえ。もう認めてんだろ。なら受け入れろ。
オレ様はてめえを逃がさねえし、てめえはオレ様から逃げられねえ。決断の時は、今を於いて他にはない。
にじり寄る、追い詰める