「海堂せんぱーいッ!!」
青学広しといえど、校内で何の衒いもなくその名を叫べる人物は限られている。海堂はぎょっと肩を震わせた後、眉間に皺を寄せて声の主を探した。振り向けば、スカートのプリーツが乱れセーラーカラーが翻るのも構わず、全速力で走ってくる後輩の姿を捉える。いつもは高く結ってある髪は、今は何故か広がっていた。
「先輩、そのリボン捕まえてくださいッ!!」
さらに彼女がそう叫ぶのと、視界の端に赤いものがかすめたのはほぼ同時。海堂は反射的に飛び上がり、それを手に掴んだ。
「あ……有難うございます〜……」
はああと安堵のため息を堪えもせず、那美は深くゆっくりと胸を撫で下ろす。全速力で走っていたにしてはそれほど息が切れていない。恐らく、日頃のトレーニングの成果だろう。
海堂からリボンを受け取り、にっこりと微笑んだ。ぺこりと頭を下げる。
「先輩がいてくれて良かったです。助かりました」
人通りの多い往来でこちらの名を叫んだことを咎めようとしたのだが、その笑顔を見るとなんとなくそんな気も失せてしまう。髪型が見慣れたものと違うことも、調子が狂う原因の一つだろうか。
「……気を付けろ」
海堂は眉間の皺をさらに深くして、それだけを言った。場合によっては大人さえ竦み上がらせる声や表情も、那美は慣れたように笑って返事をする。
「先輩、これから部活でしょう? 折角ですから一緒に行きましょう」
「…………」
彼女の人懐っこさは今に始まったことではない。知らぬ仲ではないことと、行き先が同じということも相俟って、海堂にその申し出を拒否する術などない。
歩きながら、器用に髪を結い上げる様を見るともなしに見詰めていると、その視線に気付いた那美と目が合った。
「似合います?」
おどけたような物言いに、海堂は眉を顰めて目を逸らす。
「くっだらねえ」
「あはは、言うと思いました」
別段気を落とした様子も見せず、那美は肩を竦めてコロコロ笑った。予測されていたと思うと、何だか負けた気がする。こんな、彼女は年下なのに。
何かないか。普段の自分なら絶対に言わないようなこと。何でもないように笑う彼女の意表を突けるような――――。
「てめえは」
「はい?」
「青のが似合う」
赤いリボンは勇気のしるし