ぽたぽたと雫が落ちる。
 かすかに塩辛いそれをどうにかして止めてやりたいと思うのだが、相応しい言葉も術も思いつかなかった。千年以上生きているくせに目の前の女の子一人慰められないなど。こういうとき、後鬼は自分が寿命のまま無駄に長生きしていただけなのだと思い知らされる。培ってきた筈の年の功はどこへ行った。
「ます、た」
 戸惑うようにたどたどしく名前を呼ぶことしか出来ない。こんな大事なときにいない相方を恨めしく思った。何処で何をしているかは知らないが、こんなときこそ彼の出番だろう。さあマスターを傷つける原因を須らく滅ぼしてくださいよ貴方が出来るのはそれしかないでしょう普段は大して役にも立たないくせに。本人からしてみれば甚だ理不尽な言い分を脳内で垂れ流す。次に会ったら直接言ってやろうと決めた。
「……しよう」
 痛々しくも目を真っ赤に泣き腫らしたマスターはようやく口を開いた。しゃっくりを痞えさせながら必死に吐き出したのであろうそれは、けれど可哀相なほど掠れてしまっている。
「どうしよう、後鬼」
 情けない。不甲斐ない。仕えるべきマスターに頼られても何もしてやれないのだ。励ましてやることも慰めてやることも。望むべきは彼女の幸福でなくてはならないのに。
 すみませんマスター。
 ごめんなさい小明さん。

「……いや、だめ……ねえ後鬼、いなくなっちゃ、やだようっ……!!」

 

 その温かく透明な雫を拭える手。
 望むのは、ただそれだけだというのに。

 

 

創作悲劇と温かな涙