葵は走る。シリウスから譲り受けた魔法銃を伴って。
 周囲には誰もいない。辺りは耳が痛くなるほど静かだ。世界を包む闇がすべてを覆い隠しているようだと思った。自分の姿も足音も、……誰かの気持ち、さえ。
 何かに躓いて、自分の足にすら絡まりそうになり、何度も転びそうになる。それでも足は止めない。
 目指すは、青星の名を抱く彼のひと。手厚い警備の布かれた牢獄から、まんまと逃げおおせた王子のもとへ。
 行って、会って何をするかなど、葵自身も判らない。それでも走る。
(逃がすのか? 捕らえるのか? ……殺す、のか)
 己はそれが、できるのか。
 何度も自問自答を繰り返す。けれど答えはない。手にある銃の感触は思ったよりズシリと重くて、走ることの妨げになる。いっそ投げ捨ててしまいたかったが、それは出来ない。だってこれは自分のものではない。預かりものだ。自分がシリウスを追う、理由の一端を担っているものだ。それを捨ててしまうことなど出来はしない。
 シリウスが何の意図を持って自分にこれを預けたのかは、未だにまったく判らない。けれど思う。――これは、資格なのだと。
 彼を追うことを許されたのは、きっと自分だけ。これはその証だ。
 そう信じたから、葵は一人で駆け出した。これは裏切りだと知っている。シリウスを追うのは恋のためだと告げた時の、ヨハンの顔が頭に浮かんだ。次いで、大切な友人達の顔が。胸は痛んだが、それでも足は止まらない。
 誰かの所有物は多かれ少なかれ、持ち主の気を宿す。それは常に引き合い引かれ合い、ともに在ることを望んでいる。その法則に従って、葵はシリウスの気が宿る銃を道案内に、夜道を走った。予感は次第に強くなる。

 

 あと戻りは、もうできない。

 

 

逃避行は真夜中に