解ってるの、本当は。
いつもは全然優しくないあいつにも、いつも優しいあの子にも。
みんなに守られて、大事にされてるんだってこと。
見習い少女のジレンマ
「…………小明」
「知らない」
何がだ。
つっけんどんなその口調に、元々宜しくない前鬼の人相はさらに剣呑な色を濃くした。いつものケンカ後ならただ放っておくだけだが、今回は何が彼女の機嫌を損ねたのかが判らない。その原因が自分であったならどうもしないが、何か他の要因があるとするなら全身全霊を以って早急に排除しなければならない。破壊衝動プラスα、それから八つ当たりも兼ねて。
「何怒ってやがる」
「うるさいな、あんたに関係ないでしょ」
あまり気の長い方ではない前鬼は、あっさりとこめかみに青筋を浮かせた。
「そういうならその不ッ細工な面をどうにかしろ。見てるだけで反吐が出らァ」
「悪かったわね元からですぅ。そんなに嫌なら、別に見なくって結構よ」
素直と書いて単純と読み、口よりも先に手が出るという猪突猛進型の小明が挑発にも乗ってこないのは珍しい。面倒になった前鬼は、渋面で後鬼を振り返った。お前が何とかしろと眼で訴える。
「ボクにどうしろというのですか。あなたがまた何か、小明さんを怒らせるようなことをしたんじゃないんですか?」
「知らねえよ。オレ様には関係ねえの一点張りで、会話にすらなりゃしねえ」
「それもそうですね。いつものケンカなら、小明さんは言いたいこと怒鳴って、あなたを殴るか何かしているでしょうに」
周囲に散らばった妖魔の肉塊を見渡した。普通の少女が見れば卒倒しそうな光景だったが、小明の神経はそんなに細くはなく、何度も目にしているのだから今更気を害す(害さないわけではないだろうが)こともないと思う。戦闘時でも特に変わったことはなく、前鬼と後鬼(ほぼ前鬼)の圧勝で幕を閉じた筈だ。
前鬼と後鬼は小明を見詰める。彼女は彼らのことなど気にも留めず、スタスタ歩き出していた。背を向けられているため顔まで伺うことは出来ないが、歩き方や足を運ぶ速さ、その後ろ姿から察するに、やはり機嫌は宜しくないらしい。けれどただ怒っているというより拗ねているのに近いのではないかと後鬼は何となく思った。特に根拠はなく、敢えて言うなら、やはり怒られる理由が見付からないせいだ。
(多感な年頃の女性は難しいなあ)
些か見当はずれな見解を抱きつつ、後鬼は小明の機嫌を浮上させる方法をあれこれ思い浮かべる。謝って済む問題でもなさそうだった。
(何よ何よ何よ)
理不尽な思いをぶつけているという自覚はあった。見当違いだと自覚しつつ、それでも小明の拗ねた思いは昇華されない。
(前鬼のばか。後鬼のばか)
二人だけで片付けてしまって。咒を唱える暇もなかった。
それだけ敵方が弱いということで、ヴァサラや犬神と並ぶ世界や人類そのものを揺るがすような強敵が出現していない証明である。それは大変喜ばしいことだったが、それは必然的に、小明のチカラを必要とする場面が減ってきているということだ。祖母のように、小角のように強くなりたいと志す小明にとっては、不謹慎と解っていながら、今の状態には不満があった。
(ついこの間まで、雑魚相手はつまんないとか何とか言ってたくせに)
実践に勝る修行はない。せめて彼らの言うところの雑魚くらい、こちらに回してくれてもバチは当たらないだろうに。
けれど本当はちゃんと知っているのだ。後鬼はもちろん、命令をまったく聞き入れない前鬼でさえ、主としてのこの身を守ってくれていること、僅少であっても頼ってくれていること。
守られて嬉しくない女の子はいないと思う。それはどんな形であれ、大切にされているという意味を持つから。けれどそれだけでは嫌だ。小角の子孫だからとかいう理由でなく、自らの能力を以て二人を従えたい。それは意のままに操るという意味でなく、もっと頼って二人の背中を預けてほしいという願望からくるものだ。二人とも丸ごと守ってやれるような、そんな術師になりたい。背中に庇われてばかりなのは、もう飽きたのだ。
世界が平和であるということは素直に嬉しいけれど、一方で自分の力が必要とされる事件が起きてほしいと思うことも事実で。そんな自分にどうしようもなく嫌悪を抱きながら、小明の機嫌はさらに降下の一途を辿るのであった。