「このテメ、アホ女! 性懲りもなく十代目困らせてんじゃねーよ!! オラ離れろ!!」
「むっ! 何ですか、ハルはツナさんを困らせるなんてしてません! 獄寺さんこそ、いーっつもハルの邪魔ばっかりして!!」

 

 あのー、もしもしお二人さん?
 声をかけようとして、俺は替わりにため息を吐いた。目の前で盛大な口喧嘩を繰り広げている二人はそれに気付かない。言うまでもなく、獄寺くんとハルだ。っていうか、ケンカするなとは言わないから、せめてTPOくらい考えてほしいんだけど。丁度放課後の時分だし、ここら辺は並森中の生徒も多いっていうのに。ああホラ人が見てるじゃん!
 この二人は本当に、啀み合う時と場所を選ばない。俺の狭い部屋だろうと人通りの多い往来だろうと、誰が見ていようといまいとお構いなしだ。彼らに羞恥心というものはないんだろうか。とりあえず目立たず平穏に暮らしていければそれで満足な俺には理解出来ない。
「もう……、何とかしてよリボーン」
 困り果てて、俺は傍らでつまらなそうに足を揺らすリボーンに助けを求めた。
「俺が知るか。テメーでどうにかしろ、ダメツナ」
 およそ、黙っていれば可愛らしく見えなくもない(何せ赤ん坊だ)顔に似つかわしくない応えが返ってくる。うん、お前が俺の言うことを素直に聞いてくれるわけないって判ってたけどさ。あーあ、こんなとき山本がいてくれたらなあ。別にいたからってどうにかなるわけでもないけど、あの大らかな笑顔が傍にあるのとないのでは、結構気分が違ってくる。
「俺じゃ無理だから言ってるんじゃんか。今の二人には誰が何を言ったって聞こえないよ」
 ただ突っ立ってることにも疲れて、俺は後ろの塀に寄りかかった。よくもまあ、あんなに言い合いが続くものだと感心すらしてしまう。きっと二人とも頭が良いから、相手へ返す言葉に困らないんだろうな。俺だったらきっとすぐ言葉に詰まるんだろう。ダメツナという呼称がどんなに理不尽に感じても、言い返せず諾々と受け入れてきた俺と違って。
「……本当にそう思ってんのか?」
「え?」
 物思いに耽っていた俺は、リボーンの言葉にすぐには反応しかねた。少し考えてから、さっきの俺の台詞に関係してるらしいと気付く。
「ダメツナめ、お前ほんとにダメツナだな」
 チャキリと物騒な音が聞こえた瞬間、視界に黒光りする物騒な銃口が向けられて、俺は慌てて身をよじった。
「ぅわっ! ななななんだよ急に!? 俺何かした!?」
「そんなことも解んねーようなモンはいらねーだろ。その鬱陶しい頭が涼しくなったら、ちょっとは回転が速くなるんじゃねーか」
「速くなる前に止まっちゃうじゃん!!」
「チッ」
 「ち」じゃねーよ!!
「俺はもう飽きたぞ。先に帰ってるから、お前はあの二人を連れてこい。十分やる」
「ちょ、ちょっと待てよリボーン!! ずるいぞ自分だけ!!」
 俺の叫びも虚しく、リボーンの小さな背中はあっというまに見えなくなった。しかも時間制限がついたということは、オーバーしたら恐ろしい罰ゲームか何かをさせられるに違いない。まさか、その用意のために先に帰るとか? どっちにしろ、俺にとって嬉しい展開じゃないってことは確かだ。中途半端に伸ばされたまま行き場のなくなった手が力なく落ちる。何だって俺だけがいつもこんな目に。
 ため息が出た。
「獄寺くん、ハル、いい加減にしろよ。二人とも、俺んち来るんじゃなかったの?」
 せいぜい不機嫌そうな声を出してみる。もうお前らなんか知らないというように、背を向けてさっさと歩き出した。だって俺はちょっと怒ってる。……でも、これって二人に気付いてもらえてなかったら意味ないんだよなー。うわ、あり得る。ケンカしてる時の二人は、なんていうか、ある意味お互いしか見えませんって感じだし。
 そんな俺の心配というか不安は、二人によって全然意味のないものとして裏切られた。
「す、すみません十代目!」
「おいてかないでください、ツナさん!」
 思い切り慌てた声が、慌てた足音とともに駆け寄ってくる。思わず足が止まりかけた。
『そんなことも解んねーようなモンはいらねーだろ』
 いるよ。だって俺は何も解ってないかもしれないけど、ホントはちゃんと知ってるんだから。
 うるさいくらいに俺を好きだというあの二人が、俺の声を聞き逃す筈ないってこと。困ったところもある二人だけど、俺だってちゃんとあの二人が好きなんだ。
 バタバタと賑やかな足音が近付いてくる。追いついた二人は俺を挟んで並び歩きながら、またうるさい喧嘩を勃発させるんだろう。俺は肩身の狭い思いに辟易しながら、それでも最後には笑ってしまうんだ。
 立ち止まって振り返りそうになる自分を何度も叱咤して、俺は少しだけ笑った。

 

 

喧嘩をしても