あるところに男の子がいました。イタリアで産まれて、イタリアで育ちました。男の子はまだ子どもでしたが、大人と同じくらい頭が良い子でした。大人と同じように煙草を吸い、時には大人よりも上手にダイナマイトを扱ってみせました。ピアノも上手に弾きこなせたし、ちゃんとおいしく食べられる料理も作ることができました。お金だってたくさんありました。
 けれどその子は純粋なイタリア人ではなかったので、みんなは男の子が嫌いでした。
 みんなが男の子を嫌っていじめたので、男の子もみんなを嫌いました。
 ある日、男の子がいつものようにダイナマイトの手入れをしていると、ファミリーの仲間たちのひそひそ話が聞こえてきました。
「ボンゴレ十代目ボス候補が、東の小さな島国にいるらしい」
「しかもまだ十代前半だって」
「九代目直々の指名で、あのリボーンが出向いたそうだ」
「ボスは何を考えていらっしゃるんだ。正統なボスの系統を東洋の血で穢す気か」
 驚いて目を丸くしました。大事なダイナマイトが手から零れ落ちたことにも気付かないほどに、男の子は驚いていました。東洋人のボス。九代目が直々の指名を出し、リボーンさえ動かすほどの男。
 男の子は立ち上がりました。いてもたってもいられなくなったのです。ボンゴレの名を背負うに相応しいかなんて、そんなのは後付けた理由でしかなく、ほんとうはただの衝動でしかありませんでした。幸いなことに、お金だけなら捨てるほどあります。
 この世界で侮蔑の対象でしかなかった血を持つ、もしかしたらボスと仰ぐことになるかもしれない同い年の男。会ってみたい。その衝動に意味はなく、ただそれだけが理由でした。

 

 

 

 ――――死んでもいいと思ったんだ、別に。

 

 吐き気を催すような浮遊感。地面に引き寄せられる引力を感じながら、獄寺はぼんやり思う。所詮、自分はここまでの男だったのだと。
 イタリアで産まれ育ち、日本で死んでいく。それは異なる二つの血を持つこの身に、とても相応しいことのように感じた。
 この男はボスになるだろう。強いのか弱いのかよく判らない男だったが、未来のボスに殺されるなら本望だった。
 ――と、不意に落下が止まり、がくんと上に手を引かれる。顔を上げて瞠目した。獄寺に勝利した男は、自らが窓から落ちそうなことも構わずにその手を掴んで引っ張り上げようとしていたのだ。
 負けた、と思った。窓の外に放り出されたときから勝敗は決まっていたが、この瞬間獄寺は、これから先何度男――沢田綱吉に勝負を挑もうとも、永遠に勝つことはできないことを悟った。だって勝てるわけがない。器が違う。
 会って間もない、命すら狙った相手を彼は助けた。疎まれ蔑むことしかされなかったこの命を、彼は惜しんだのだ。屈辱的な施しだとも、愚かな情けだとも思わなかった。それは、獄寺が初めて触れたといっていい、温かな優しさだった。
(――――このひとだ)
 直感は確信へ変わる。涙が出そうだった。体中が歓喜に満ち溢れる。この世に運命と呼ぶものがあるとするなら、それはこの出会いのために在ったに違いない。見つけた。見つけた。仰ぐべき主。彼こそが、自分が膝を折るに相応しい。全身全霊、この存在のすべてを賭して、この人に仕えよう。この人のために生きて、この人のために死のう。
 獄寺隼人はイタリアで産まれ育ち、日本で死んだ。そして今、ここで生まれ変わるのだ。

 

 

 

 こうして男の子は、ようやく自分の居場所をみつけたのでした。

 

 

みにくいアヒルの子