ふうっと吐き出した煙が空に溶ける。ちらちら向けられる好奇の視線を、獄寺はギロリと睨んで追い払った。忌々しげに舌打ちをして、深いため息をこっそり吐く。その傍らで、ハルは肩を震わせて泣いていた。
 何も知らぬ者が見れば、獄寺がハルを泣かせたように見えるだろう。夜が深くなった空。誰もいない公園。二人の男女――ガラの悪い少年と、涙を流す少女。これで下世話な想像をするなという方が無理な話である。
「ハル、は、ばかですっ……!」
 そんな周囲など気にも留めず、ハルはぽろぽろ涙を零す。嗚咽で喉が痞えているくせに構わず喋ろうとするから随分苦しそうだ。否、苦しいだろうに、それでもハルは口を閉じない。その小さな唇から零れる言葉は自らを傷つけるものばかりで、しかしそのどれもが、紛れもなく彼女自身の内から生まれたものだった。
「ハルは、ハルはツナさんの何を見ていたんでしょう。あんなに好きと言っていたくせに、何一つ気付かなかったなんて最低です」
 獄寺は何も言わない。ぽたたと滴る雫の軌跡を、何とはなしに目で追うだけだ。獄寺は知っていた。ハルが好きだと公言して憚らない彼の主が、本当は誰を見ているのかを。彼だけでなく、綱吉を取り巻くものたちは皆。知らなかったのは本人たちとハルくらいなものだった。
 幼くも拙い少年と少女の恋は、それを見守るのもたちにとても微笑ましく映った。けれどそれど同時に、どちらかの想いを叶えるためにどちらかが思いを諦めなければならないという未来は、彼らの懸念でもあった。彼らは綱吉を応援していたが、ハルが傷付くことなんて誰も望んでいなかったから。
(全部知ってたんだ、俺たちはみんな。知ってて言わなかった)
 けれど教えてやらなかったのは彼女に対する意地悪でも何でもなく、ただ単に言うタイミングを逃し続けていただけである。外野でしかない第三者がどうして言えよう。自分と相手以外何も見えなくなってしまうほど真っ直ぐで一生懸命な思慕に、それは叶わない想いだなんて。
 ひぐっと、出来損なったような嗚咽が漏れる。彼女の喉を塞いでいるのはそればかりではなかった。想いを受け入れてもらえなかったことへの悲しみ、彼が望むのは自分ではないという悔しさ、傍にいながら言われるまで気付かなかったことへの恥じ入り、どんなに望んでも得られない事実の寂しさ――。そして、それでもまだ彼が好きで、彼に想われる彼女も好きだという気持ち。いろいろな感情が混ざり合って、それが余計にハル自身を苦しくしている。
「は、ずかしい、ですっ、さい、てい――」
 留まることを知らないネガティブな言葉の無限ループに、常の獄寺なら早々にいい加減にしろよてめえと怒鳴っていたことだろう。それをしないのは口を噤んでまでそこにいるだけの価値があると思ったからだ。偶然と気紛れが重なったといってもいい。獄寺がその場面に居合わせたことは本当に偶然で、去っていく綱吉の背中を笑って見送っていたくせに、見えなくなった途端、くしゃりと顔を歪ませて泣き出したハルを放っておけなかったのは気紛れ。さらに彼女が彼を拒まなかったという気紛れ。
 そして、事あるごとに対立していがみ合い、互いにいけ好かない相手であったけれども、互いの綱吉への想いは本物だったと知っていたから。
 時間は七時を回り、いい加減肌寒くなってきたが仕方がない。獄寺は既に観念していた。慰めの言葉一つかけない代わりに、悪態を吐くこともなく傍にいる。それだけが彼の出来る最大の譲歩だ。
(さっさと泣き止めよ、アホ)
 今だけは、思っていても言わないでやる。くだらない愚痴も聞き流してやる。言うべき言葉など見当たらないけれど、その両の目から最後のひと雫が落ちるまで付き合ってやる。
(だから)
 明日とは言わない。三日後でも一週間後でもいいから、またいつものように笑って会いに来い。それだけで、馬鹿みたいに喜ぶ連中はごまんといるから。
(お前は、お前が思ってる以上に、あのひとたちから好かれてるんだぜ)
 そのために今があるのなら、俺はいくらでも付き合ってやろう。

 

 

泣きたい時は一緒に泣いてあげる