「ビアンキさんの髪は綺麗ですね」
ハルの唐突の発言に、けれどビアンキは動揺することなく小首を傾げてみせた。
「そう? ありがとう、ハル。あなたの髪も素敵よ」
言葉尻にサラリと加えられたストレートな賛辞に、ハルこそがポッと頬を赤くさせる。この率直さは彼女が大人であるゆえか、それとも文化の違いか。
「はひっ! 本当ですか!? でも、ハルはビアンキさんや京子ちゃんみたいに茶色がよかったです」
陽の光に透けてキラキラと金色に輝く彼女たちの髪は本当に美しい。妬んでいるわけではないけれど、上げていないと重く暗い印象を与えてしまう自分の黒髪を顧みてしまい、改めて羨ましいと思うのだ。
「……ツナさんも茶色です」
小声でぽつりと呟いた言葉は思いの外僻みっぽくなってしまい、ハルは決まり悪そうに俯く。僻んでるとか妬んでるとか、そんなふうに思われたらどうしよう。言いたいことはそんなことではないのに。
けれどビアンキは気にした様子もない。可愛いわ、ハル。そう言うときのように、艶めく瞳を優しく細めて笑った。
「あら、黒だっていい色よ。黒は女を引き立てる色だもの」
そう言って、すいと手を伸ばしてくる。指の長い綺麗な手だとハルは思った。思わず自分のそれと比べてしまう。数年後、今の彼女と同じ年齢になった自分は、同じように綺麗な手になっているのだろうか?
その手が頭に振れ、指が髪を梳いていく様に、ハルは対象が自分の黒髪だということも忘れて見惚れた。そして一瞬後にハッと我に返り、慌てる。
「はひっ!? びっ、ビアンキさんっ」
「ハルの髪、少しいじってもいい?」
「あ、それは全然構いませんが、」
「じっとして。ああ、櫛はあるかしら?」
言いながら、ビアンキはハルの髪に散りばめられたヘアピンを取り除き、ゴム紐を外して高く結い上げられた髪を解いた。彼女のあの長くて細い綺麗な指が自分の髪を梳いてくれているのだと思うと、ハルはわけもなく照れ臭くなってしまう。
「あ、ハイ、ここに」
「ちょっと貸してちょうだい」
どうぞとハルから受け取った櫛で、ビアンキは手にした黒髪を梳いていく。
「ポニーテールのハルも可愛いけれど、たまには別の髪型にしてツナたちを驚かせてやりましょう?」
笑いを含んだその声は、ちょっとした悪戯を誘うもの。先程までの鬱屈した気持ちもどこへやら、すぐ思い浮かぶ想い人の反応に、期待に胸が膨らんで仕方ない。我ながら現金なものだと思うけれど。
――――黒は女を引き立てる色だもの。
ビアンキの声が蘇る。
いつか、彼女のように引き立つ女になれるだろうか。
「はいっ! よろしくお願いします、ビアンキさんっ」
「ええ、任されたわ」
軽く引っ張られる感覚が気持ちいい。髪と髪の間を櫛が往復し、その後に宥めるようにそっと撫でられて、つい眠くなってしまう。
ハルは何だか暖かな気持ちで目を閉じた。
黒の憂鬱、茶色の優しさ