「螢惑」

 

 女の声だと咄嗟に思った。誰だっただろう。知っているような気もするし、知らないような気もする。灯でないことは確かだが。

 

「螢惑」

 

 うるさいと、邪険にするにはその声は静かすぎた。だからといっていつまでも聞いていたい声音でもない。敵意も殺気もなくただ優しいだけのそれに、何故か苛立ちとムカつきを感じる。耳を塞ぎながら蹲って、自らの声でそれを掻き消してしまいたくなった。けれど不思議と抗えない。

 

「螢惑」

 

 呼ばないでほしい。放っておいてほしい。
(アンタも忘れてよ。俺も忘れるから)
 そうしたら、誰も苦しまないで済む。それでいいではないか。
(欲しいものは、アンタじゃないんだ)

 

「螢惑――――……」

 

 声の主の姿は見えない。けれどほたるは、彼女が悲しそうに微笑んだのを見た気がした。