最初にその変化に気付いたのは、意外にも梵天丸だった。
「なあ、ほたるのやつ、何か変じゃねえか?」
「何を言っているのですか。変であることこそが、ほたるがほたるである所以でしょう」
「イヤまあそーだけどよ」
 にべも無いアキラの言葉に、話しかける相手を間違えたと梵天丸は肩を落とす。
「いつもに比べて、ってことだよ。前からボーッとして何考えてるか解んねえ奴だったが、ここ最近はもっとひどくなってねえか?」
「そうですか? 私にはいつもと変わらないように見えますが」
「そーかあ?」
「そうです。あまり気にしすぎると禿げますよ。もしかして、既にもう危ないんじゃないですか?」
 その途端、梵天丸のこめかみにビキッと青筋が浮き出た。
「なっ……! アキラてめえこの野郎、この梵天丸様を捕まえて何ヌかしやがる!! 見ろよこの風に靡くフッサフサの髪を!!」
「靡くほど長くはないでしょう。今は辛うじてその量を保っているようですが、それも時間の問題でしょうね」
「言いやがったなてめえ!! オモテに出ろや俺様が直々に相手してやる!!」
 障子を蹴倒さんばかりの勢いで、梵天丸が足音荒く外に出て行く。少なからず動揺しているらしいということは、本人も密かにその危機感を抱いているのかもしれなかった。
「やれやれ、これだから単細胞な筋肉ダルマの相手は疲れます」
 これ見よがしにため息を吐いて肩を竦め、アキラも後に続く。
 ほたるの様子云々のことは、すっかり二人の頭から抜け落ちていた。

 

***

 

「あ」
 ゴンッと柱に頭をぶつけ、ほたるは思わず声を上げた。ぶつけた箇所は赤くなり見た目にも痛そうだったが、本人は特に痛がる様子もない。
「ちょっと、通路のど真ん中で立ち止まんないでよね。邪魔くさい」
「あ」
 背後から蹴られよろめくが、やはり無表情のままだ。
「灯ちゃんだ」
「あんた、頭ぶつけたの? 私が治してあげましょうか?」
 にっこりと楽しそうに微笑む灯に、ほたるはフルフルと緩く首を振る。
「んーん、平気。それに俺、灯ちゃんに教える秘密はもう持ってないし」
「アラ残念」
 コロコロ笑う灯には、ちっとも残念そうな様子はない。
「それよりさ、灯ちゃんにはちょっと訊きたいことがあって」
「なあに? 珍しい。私の指名料は高いのよ」
「夢見るんだ、変な夢。最近ずっと」
「へえ、どんな?」
 抑揚のない声で話し出すほたるに、灯は先を促してやる。この、いつも半分夢を見ているような漢を悩ませる夢とやらは、大いに灯の興味を惹いた。
「女の声がする夢。あとは知らない」
 彼らしいと言えば彼らしい、けれどあんまりな説明にガックリと脱力する。
「あのね。いくら有能で聡明な灯ちゃんでも、それだけで解るわけないでしょーが。もっと詳しく話しなさいよね」
「ん〜…………あ、名前呼ばれた。螢惑って」
「他には?」
「言ってたのはそれだけ。敵意とか殺気とか全然なくて、静かな声だった」
「心当たりとか、あるわけ?」
「んーん。知ってるような気もするし、知らない気もする。灯ちゃんじゃなかったことは確かだよ」
「どーゆう意味よ!?」
 いきり立つ灯を気にしたふうでもなく、ほたるはポツポツ独り言ちる。
「……うるさいんだ。ずっと何回も呼ばれて。ムカつくのに、聞きたくないのに消せない。姿が見えないから殺したくても殺せない」
「あんたを螢惑って呼ぶからには壬生の連中よね。悪意はないみたいだし、怨恨じゃないのかしら……」
「灯ちゃんでも判んない?」
 灯はううんと唸ると、言葉を選んで自分なりの考えを話した。
「悪いモノじゃないことは確かよ。相手は……多分、十中八九死人ね。呼び捨てってことは五曜星と同じくらいの地位か、もしくはそれ以上のひとってトコかしら。そうなると、かなり限られてくると思うんだけど」
「女は歳子と歳世しか知らない。あとはみんな漢ばっかだった気がする」
「んもう、しっかり思い出しなさいよね! 自分のことでしょ!」
 折角ひとが真剣に考えてやってるのに! と灯はほたるの胸倉を掴み上げる。
「だって、知らないものは知らないし……」
「あんたに心当たりがないんじゃあ、私もこれ以上手伝えないわよ。占いは管轄外なんだから」
「ん、解った。ありがと灯ちゃん」
 本当に解っているのか疑問の残る無表情で立ち上がり、ほたるは部屋を後にした。