死んだように眠るほたるに、ゆやは息をしているのか心配になったが、顔に手をかざすとちゃんと空気の動きが感じられてほっと安堵する。
(子供みたいなひとだなあ)
 膝枕や子守唄をねだったり、一緒に寝ることを拒否したら拗ねた顔をしたり。異母兄弟の辰伶とはまったく違う。
「…………」
 彼の母親は、自殺に見せかけて殺されたのだという。父親から命を狙われ始めたのもその頃からだと。本来ならば、両親の愛を一身に受けている時だったろうに。だからこそ彼は、幼い時に出来た空白を埋めようと甘えてくるのだろうか。
(……ってことは私、ほたるさんのお母さん?)
 それは嫌だなあと苦笑して、ゆやは火を吹き消した。

 

***

 

 ほたるは夢を見た。女の声に呼ばれる夢ではなく、幼い頃から今までの夢を。
 殺された母親。父親の刺客に命を狙われ続ける日々。異母兄への反発心。強くなろうと思ったこと。紅の王との戦い。狂と出会って四聖天になったこと。別れてまた再会し、期待は失望へ変わる。奇妙な女にも出会った。こちらの話に耳を傾け、あまつさえ、自分たちを殺そうとしている漢の命を惜しんだ女。そして結局、狂には勝てなかった。
(……俺、結構変わったんだなあ)
 孤独でよかった。寂しいと感じたこともないし、愛を欲したこともない。そうやって生きていこうと思っていたのに、狂たちに出会ってからいつの間にかそれが変わっていて。気付かなかったそんな小さな変化を教えてくれたのは、あの女だ。
(狂を、変えた女)
 彼女はこの身をも変えたのだろうか。他の漢たちも? ……そこまでは判らないけれど。
(変な女)
 別に馬鹿にしているわけではなかった。だってそうとしか言いようがない。それしか言葉が思い浮かばない。
(まだ、俺は変わってくのかな)
 あの女によって。
 あり得るとは思わないけれど、あり得ないとも思わない。

 

 場面が変わり、そこは何処かの部屋になっていた。複数の女に囲まれた、黒髪の女。金色の髪をした赤子を腕に抱き、目を細める。あれは誰だろう。見覚えがある気がするのに思い出せない。
 意識が浮上する直前、あの声を聞いた気がした。

『おめでとうございます、――様。男の子にございます』

『名は体を表すと申します。如何様な名前に致しましょう?』

『そうですね、では――――「螢惑」と』

 

 

***

 

 

「あー、やっと起きたわよ寝ぼすけが」
「おはようございますほたるさん。これから起こしに行こうと思ってたんですよ」
 どこかで聞いたような言葉を聞きながら、ほたるは眠い目を擦り擦り適当な席に腰を下ろす。
「まったく、謝罪の一言でもしたらどうですか」
 アキラの小言は顔を背けて無視をした。
「ほたるっ!」
「そ、それじゃあご飯よそっちゃいますね」
 ゆやによそられた白飯は、またも手から手へと回されていく。ほたるを抜かした全員の手に茶碗が行き渡ったことを確認しつつ、ゆやは襷を解いた。
「ご飯受け取ってない人は、もういないですよね?」
「……俺の分は?」
 は? と全員分の視線がほたるに集中する。
「え? だってほたるさん、他人がよそったご飯は食べないって」
「ちょうだい」
「あ、はいっ!」
 拒否していた本人が要求しているのだから、こちらに断る理由はない。余程空腹だったのだろうかと思いつつ、ゆやは慌ててしゃもじを手に取った。
「オイオイどーしたんだよおめえ。何か悪いモンでも食ったんじゃねえだろーな?」
「してないよそんなこと。梵じゃあるまいし」
「んだとコラ!!」
「でも、本当にどんな心境の変化ですか? ほたる」
 いきり立つ梵天丸を押しのけ、アキラが言った。ほたるはカリカリ頬を掻く。
「んー、他人からもらった物は毒入ってるかもしれないから、食べるの嫌だったんだよねー。でもゆやがそんなことする筈ないし」
「「「ゆやぁ!?」」」
 その場にいた漢たちの声が綺麗に重なった。狂は叫びこそしなかったが、顔を上げて睨むようにほたるを見ている。
「あれ? 俺、何か変なこと言った?」
 ほたるはきょとんと首を傾げた。純粋な驚きに震える声で梵天丸が詰め寄る。
「おっ、おっ、おめえらっ……! いつの間にそんな呼び捨てするような仲になってんだ!?」
「せやせや! わいのゆやはんに!!」
「いえ、あの、私はほたるさんのこと呼び捨てにはしてませんけど」
 どさくさに紛れていらぬことを口走った紅虎は、ゆやの無言の鉄槌で床に沈められた。そしてゆや自身の抗議は呆気なく流される。
「だって苗字呼びだと他人行儀っぽいし、フルネームだと辰伶にかぶっちゃうし……だったら呼び捨てかなって」
「灯は『ちゃん』付けじゃないですか!」
 ほたるの呼び捨てに何となく敗北感を抱いたアキラは、心なしか声が荒くなった。
「灯ちゃんは女じゃな」
 ゴスッと、ほたるの脳天に湯飲みが直撃した。
「ほたる〜、何か言ったかしら〜?」
 シナを作って微笑む灯の卓には、あった筈の湯飲みがない。痛いと全然痛くなさそうな声と顔で言ったほたるは、頭をさすった。
「灯ちゃんは特別だからって言った」
「いやん灯ちゃんったらモテモテね〜! でもごめんなさいほたる、私の特別は狂だけなの」
「うん知ってる。だから別にいいんだけどそれは」
「ほたるさん、はいどうぞ」
「ん。ありがと」
 茶碗を受け取った。変わらぬ無表情で言う。
「俺、ゆやのこと結構好きだよ」
「えっ……」
 漢たちは今度こそ目を見開いたそれぞれの顔で固まった。これにはさすがのゆやも顔を赤くする。けれど「好き」といってもそこに必ずしも恋情が絡んでいるわけではないと思い直し、相手が天然漢のほたるであることも相俟って、ゆやはそれを親愛の情と受け取った。
「あ、ありがとうございます。私もほたるさんのこと、好きですよ」
「うん」
 硬直状態が解けない周囲を余所に、二人の間にはほのぼのとした空気が流れていた。

 

 

蛍夢想歌