「――――……、るさん……ほたるさんってば!!」
「むー……?」
 ほたるは薄っすらと重い瞼を押し上げた。太陽に反射してキラキラ光る彼女の髪が眩しい。
「あ、起きてくれましたかほたるさん」
 何度か目を擦ると、ようやく彼女の輪郭がハッキリと見えてきた。彼女――ゆやはホッと顔を綻ばせる。
 その顔をさっきも見た気がするなと思って、けれどどこかに違和感を覚えた。
「……なんで、あんた着物なの?」
「は?」
「ああ……夢か」
「ね、寝惚けてるんですか?」
「あと五分〜」
「ちょっ……! だ、駄目です! そんなこと言って、五分後にはまた同じこと言うくせに。ホラホラもう起きてくださいよ」
 再び目を閉じてしまったほたるを、ゆやは慌てて揺すり起こす。ほたるは眉を顰めながら、不承不承といった様子で上半身を起こした。
「ん〜…………なに」
「辰伶さんが探してましたよ? 星徒会室に来いって」
「え〜、ヤだなあ面倒くさい。放っといていいよあんなの」
 安眠を妨害された理由が義兄だと知ると、ほたるはさらに顔を顰める。そして何も言わず、まるで当然のようにゆやの太腿に頭を預けた。
「きゃっ!? ちょっ、ほ、ほたるさん!?」
「ちょっとだけ〜」
「ほたるさんの『ちょっと』は長いんですよ!」
 驚いたゆやの上ずったような声も気にせず、さっさと目を閉じた。こうしてしまえば優しい彼女のこと、何だかんだ言いつつ許容してくれることを知っている。
 暫くすると、起こそうとかかる声も頬を叩く手も納まり、ほたるは諦めという名の許容を得た。それを見計らって口を開く。
「あんたの夢見たよ」
「え? 私の……ですか?」
「うん。着物着て拳銃持ってた」
「そ、それは……」
 どんな夢だろうと思ってゆやは絶句する。というか、彼の深層心理はこちらをどう思っているのだろう。一度訊いてみたいような、一生聞きたくないような。
「狂もいたしアキラもいたし、灯ちゃんや梵や、ゆんゆんとか、他のみんなもいた。あ、辰伶まで出てきたんだよ。最悪」
「楽しい夢だったんですね」
「うん。辰伶が出てこなきゃもっと楽しかったと思う」
 頑ななまでの義兄嫌いぶりに苦笑が漏れた。尤も、兄は兄で義弟を嫌っているが。
「もう一回寝たら、また続き見れるかな」
「駄目ですよ。ほたるさんは星徒会室行かなくちゃ」
「ちえ」
 ぽんぽんと肩を叩かれ、ほたるは渋々起き上がる。折角楽しい夢を見たというのに、義兄のいる星徒会室なぞに行って台無しにされたくなかった。
 ほたるの頭から解放されてさっさと立ち上がったゆやに、ほたるは無言で手を伸ばす。
「え?」
「引っ張って」
 ゆやはがくりと肩を落とすと、仕方がないなあと言うように笑ってほたるの手を握った。
「……せえのっ!」
 ゆやの精一杯の力など微々たるもので、けれどほたるは逆らわず腹筋を使って腰を上げる。
「じゃあ、サボっちゃ駄目ですよ」
「んー」
 相変わらずやる気のなさそうなその声は、本当に解っているのかいないのか不安にさせる。覚束ない足取りで歩き出したほたるに、ゆやは苦笑した。
「あ、そだ」
 今思い出したというように呟き、足はピタリと止まった。半身だけで振り向いて、
「膝枕アリガト。またしてね」
 言いたいことだけを言って、返事も待たずにドアの向こうへ消える。後には、ぽかんとした表情のゆやだけが残された。

 

 

いつかのどこか、ある夢の中

 

 

 

 夢を見た。
 とても楽しい夢を見た。
 気心知れた仲間たちと、いけ好かない連中と、みんなそれぞれ着物姿で、お祭りのように暴れて騒いで。
 その中にいた彼女は、やっぱり守られて愛されて大事にされて笑っていた。そして、微睡む自分に同じように膝枕をしてくれて、引っ張って立たせてくれた。賞金稼ぎをしていたと、さっき教えてやればよかっただろうか。
 ただの夢で終わらせてしまうのはもったいないくらい、楽しい夢。もしかしたらそんな日々が、ここではない何処かで本当に繰り広げられているかもしれない。
 そう思って、ほたるは少しだけ笑った。