【side−朔夜】

 未来見の能力。
 誰もが一度は欲しがるという、チカラ。
 朔夜は思う。
(ああけれど、私はこんなチカラなどほしくはなかった)
 この力を通して視える未来は、明るいものばかりでは決してない。道を歩き誰かとすれ違うだけで、ああこの後あの人は惨たらしく殺されるのだと、そうしたふとした瞬間に見たくもないヴィジョンも視えてしまう。
 未来見の能力は予言のチカラ。回避したい未来が視えたとしても、どうすることも出来ないのだ。抗っても多少遠回りするだけで結局は視た通りになってしまう。否、それならまだいい。下手をすると視た未来を早めてしまうことにもなり兼ねない。
(紅の王や狂、京四郎のことも望兄様のことも、私は知っていたのに)
 己が何かをすることで多少なりに変わってしまう未来が怖くて、結局は何も出来なかった。
(ああどうして私はこんなにも――――)
 朔夜はきつく唇を噛み締める。無力で臆病な己が、何よりも許し難かった。何故、こんな自分が未来見の能力を授かったのだろう。狂や京四郎のように強く優しい者であったなら、きっと何かしら結果は変えられただろうに。変えられない未来なら、何も視たくはないと思うのに。
 視界の端に、キラリと星が瞬いた。
(あれは、あの星は)
 望が拾って育てた娘。図らずも京四郎が彼を殺した現場を目撃し、自らも致命傷を負ってしまった少女。
(あの子は死なない。生き延びて、そして)
 これから彼女が歩む道は、きっと険しい茨道。差し伸べられる手は少なく、それ以上の多くに傷付けられるだろう。それでも諦めず昏い道を進むのだ、彼女は。
(そして出逢うのね、――――彼らと)
 羨ましく思った。無知ゆえの、向こう見ずな一途さ。無謀ともいえる勇気。その一つでもこの身に備わっていれば、何かを変えられただろうか?
 いいえ。朔夜は首を振る。
(こんなことを考えているから私は、何も変えられないのだわ)
 長く険しい茨の道。その先で彼女が掴むものは何なのか、今はまだ見えない。それでも、肌を血にまみれさせ歯を食いしばって歩ききった彼女の瞳に真っ先に飛び込むものが、きっと優しいものであればいいと。
 未来見の巫女は、ただ願った。

 

 

 

【side−京四郎】

 なんて因果だろうと、そう思った。
「兄様の仇を討つの」
 ハッキリとそう宣言した彼女の眼は怒りと憎しみにギラギラ光っていて、一瞬、昔の友を思い起こさせた。
 シビアでお金にがめつくて、でもギリギリの一線で甘えさせてくれる、優しい女の子。貴女をこんな道に堕としてしまったのは僕なのだと、何度言いかけただろう。彼女になら殺されてもいいと思うのだ。それで彼女の気持ちが鎮まるのなら。
(でもさ、でも)
 仇討ちが終わったらどうするつもりなの?
 戯れを装って、いつかそう問いかけたことがある。
『さあ、判らないわ』
 今はそこまで考えていないという。ああならば僕は。
(仇討ちが終わった後、やりたいと思う何かを、なりたいと思う何かを、貴女が見付けられるまで)
 すべてを黙っていていいですか――――?
 殺されるかもしれないことを厭っているわけではない。殺すことは嫌だけれど、殺されることは仕方がないと思うから。
(ゆやさんには、刀も銃も似合わないよ)
 彼女には、もっと光り輝く未来がある筈。命も女も捨てたとは言うけれど、貴女はまだ生きているし何処から見ても魅力的な女性のままだ。
 すべてが明かされた暁には、喜んでこの身を差し出そう。けれどその時まで今はまだ、どうかどうか。

 

 

 

【side−狂】

 不味そうな茶を旨く入れられる女など、初めて見た。
 殺すことすら躊躇われ、初めて欲しいと思って、けれど手に入れることを初めて諦めた女。
 三人で過ごしたあの日々は、幸福と称してよかったかもしれない。だってあの二人は笑っていたし、きっと自分も笑っていたのだろうから。
(……なのによ、あのクソ野郎)
 とんだ茶番だ。誰のせいだと思っているのだろう、あの男は。
 勝手に勘違いして勝手に思い込んで勝手に暴走して、それで勝手に傷付いて自滅した。三流芝居の喜劇とて、もっとマシなものがあるだろうに。
(テメエの尻拭いを、全部俺に押し付けてきやがって)
 いい迷惑だと、そう思う。
『それでも俺はヤツを斬る。それが朔夜を斬る……と聞こえるならそれでもいい』
 あれは紛れもない本心だ。何故なら彼女がそう望んだから。与えてやるものなど何もないこの身が唯一出来ることは、それしかないと思ったから。
『朔夜の思いを無下にしただけじゃなく、命まで奪おうとするなんて――』
(だからテメエはクソ野郎だってんだ)
 本当に彼女の思いを無碍にしているのは誰だ。お前なら自分とは違う、温かく優しい穏やかなものを彼女に与えてやれるというのに、どうしてそのことに気付かない?

 

***

 

 ――――狂……。

 そんな眼を、いつか何処かで見た気がする。

 ――――私は狂を信じてる。

(チィッ……!)
 ここまで言われて、想われて、それで応えられなければ漢ではない。最初は気紛れだった。暇つぶしのつもりだった。眼の奥に、小さいけれど彼女と同じ光を感じたから。
『あの方に、似ているからですの?』
(違ェよ、そんなんじゃねえ)
 もっとくだらなく、馬鹿馬鹿しいことだ。説明する気も失せるくらいに。救うと誓った。だからこんなところで斃れるわけにはいかない。狂は前を見据えた。
(起きろ鬼眼。俺は、史上最強の漢――)

 

 

望む未来は