014:ビデオショップ

 

 

「わあいっぱいあるー! どれ観ようか迷っちゃうねえ」
「ケッしけてやがる。ロクなもんがねーな」
「葵、叩き出されるぞ」
 うきうきと店内を見回すわぴことは反対に、葵は不満そうに顔を歪めた。憚らず文句を言う彼を秀一が窘める。
 田舎にあるただ一軒だけのレンタルビデオショップ。普段は外で遊んでいるわぴこたちがここへ赴いた理由は、葵がこの店のビデオレンタル料半額のクーポン券を手に入れたからだ。券は三枚あり、折角だからわぴこも秀一も呼んで三人でビデオ鑑賞会をしようということになったのだ。
「いいかお前ら、一人一本ずつだかんな」
「はーいっ!」
「そんなに何回も念押さなくても、ちゃんとわかってるよ」
 葵の言いつけに手を上げて元気よく返事をするわぴこと、苦笑気味の秀一。わぴこだけでなく、葵も滅多に来ない店に立ち寄ったことで気分が高揚しているらしかった。
「おし、解散っ!」
「おー!」
 店員や客たちから視線を集めていることも気にせず――人並みに気にしているのは秀一くらいなものだ――、葵もわぴこもおもちゃ売り場に突進する子供さながらの勢いでだっと駆け出す。
「葵ちゃん葵ちゃん、何にするー?」
「んー、わぴこは?」
「わぴこはねえ、ジャージャジャンッ! 『ペンさんがゆく』っ!」
 わぴこが翳したそのビデオケースには、人相の悪いペンギンがポーズを取って写っていた。恐らく彼が「ペンさん」なのだろう。
「さすらいの旅人に見せかけて実はペングランドの王様だったりするペンさんが、旅しながら悪人をバッタバッタと斬って人々を助ける、涙なしでは見られない世直しアニメだよ」
「どっかで聞いたような筋書きだな」
 口許を引き攣らせる葵に、わぴこはちっちっと舌打ちながら指を振る。
「変に突飛な設定より、オードソックスな話の方が面白いってちーちゃん言ってたよ」
「オーソドックスだろ」
 葵は誤りを訂正して、わぴこの頭をぐしゃぐしゃと撫でてやる。難しい言葉を使いたがる年頃なのかどうかは知らないが、これでは「オーソドックス」の意味を理解しているのかさえ怪しい。
「ま、お前ペンギン好きだもんな〜」
 ペンギンのアニメというチョイスがもうわぴこらしい。微笑ましいような、脱力を誘われるような。
「うんっ!」
 苦笑気味の言葉にわぴこが満面の笑みで答える。
 幼い頃、昆虫採集に山へ出かけたとき、何を思ったかわぴこが「ペンギンさん見たい」などと言い出したことがあった。どれほど山にペンギンはいないのだと言い聞かせても聞かず、結局はわぴこの意地に根負けして、いる筈のないペンギンを探して山を彷徨ったものだ。当然のことながらペンギンは見付からず、葵は泣きべそを掻いたわぴこの手を引きながら帰った思い出がある。ペンギンなど動物園へ行けばいくらでも見られるのだが、どうやらわぴこは野生のペンギンと遊びたかったらしい。大人になって金が溜まったら、いつかわぴこを南極にでも連れて行ってやろうかと、葵はこっそり思っていた。
「で、葵ちゃんは? 秀ちゃんはえーと、『りばーらんず・するーいっと』? ……にするって言ってたよ」
「あ〜、どーすっかな〜」
「まだ決めてないの?」
「あんまドラマとか興味ねーかんなあ」
 葵が興味を持つのは、バーゲンや大安売りのチラシくらいなものである。
「葵ちゃん、恋愛のドラマとかあんま好きじゃないもんね」
 ラブシーンの真っ最中にうっかりチャンネルを回してしまったときなど「ぎゃーっ、寒い寒い! 早くチャンネル変えてくれ〜!!」などと叫び、鳥肌を立てつつのた打ち回るのだ。
「あんなの好きだっつーやつの気が知れねーよ」
「ちーちゃんは好きって言ってたよ」
「だからあいつは何考えてんのかさっぱり解らん。……おっしこれにすっかな」
「『デス・フロント』? 怖いの? 秀ちゃん嫌がるよ」
 ようやく決めたらしい葵の手元を覗き込んで、わぴこが言う。
 秀一の家は病院を営んでおり、その影響なのか否か、ホラーの名のつくものは映画からマンガまでを大の苦手だ。わぴこたちと肝試しをするのは全然平気なのだが。
「いいだろ別に。どうせお前ら泊まってくんだから」
「いいの?」
 わぴこは目を丸くする。それは初耳だった。
「決まってんだろ。なんだ、お前自分の観て帰るつもりだったのか? それじゃあ三人集めてのビデオ鑑賞会にはならねーだろ」
「わーいっ、葵ちゃんちにお泊りお泊りっ!」
「行くぞ、秀ボーが待ってる」
 手放しに喜ぶわぴこを促し、葵は近くで待っている筈の秀一を探す。
「うんっ! あ、ねえねえ、また三人一緒にお風呂入ろーよ」
「やなこった」
 んべっと舌を出して提案を退ける。まったく、一緒に風呂など入っていたのは何年前だと思っているのだ。
「ええっ、なんで!」
「秀ボーに訊け」
 もし秀一本人がこの場にいたとしたら、また面倒くさいこと僕に押し付けてと渋面になったことだろう。うんわかったと素直に頷くわぴこを伴いながら、葵はホラービデオのことを知った秀一をどうやって宥めようかとあれこれ思考を巡らせた。