017:√

 

 

 1+1=2なんて、いまどき幼稚園児でさえ解る計算だ。ボクは学校へ通ったことはないけれど、簡単な四則演算くらいなら解ける。けれど、
「……平方根、ですか?」
「どんなものですかとかは訊かないでね、後鬼丸くん」
 振り向いた小明さんの目が怖かったので、ボクは大人しく引き下がった。小明さんは今(珍しく!)勉強中だ。そしてうるさい前鬼を追い出したこの部屋に、彼女の他にはボクだけがいる。理由はボクが小明さんの持っている本(教科書というらしい)を読ませてもらいたかったからで、そしてボクの存在が誰かさんとは違い、勉強中の小明さんの邪魔にならないせいだ。
 小明さんの数学と書かれた教科書を覗き込みつつ、貸してもらった辞書を引く。ええと、平方根……と。
(与えられた数に対し、平方するとちょうどその数になる数の称……)
 意味が解らない。今の人たちは、こんな説明で本当に理解できているのだろうか。
「別に知らなくてもいいことなのよね」
「え?」
 唐突に小明さんが口を開いた。
「簡単な加減乗除を知ってれば、それだけで生きていけるのに」
「でも、興味を持つことのきっかけになると思うんです」
 興味を持てばそれだけ世界が広がる。そう言いながら、ボクは小明さんが何を言いたいのかを察した。
 小明さんは早く一人前の術師になりたいのだろう。小明さんにとって学校へ行くということは友達に会うことで、学校から学びたいことなんて何もないのだ。そんなことをしている暇があったら、町へ出て客引きをしたり修行をしたり、そういうことをやりたいのだ。
 いつかの日、小明さんが小鬼さまに、もう学校なんて行きたくないと零していたことを知っている。その時は小鬼さまが叱咤したり宥めたりしてらしたけど。
「ボク、小明さんから学校の話を聞くの、好きですよ」
 小明さんの話には、ボクらの知らない世界が広がっているから。
 焦る必要なんてないのだ、小明さんは。世界に害成す妖魔が現れたって、ボクや前鬼がいればきっと何とかなる。だから小明さんはゆっくり歩いてきてさえくれればいい。だってボクらが小明さんに望むのは、優秀な術師であることなどではないから。
 そう言ったら小明さんは少し不満そうな顔をして、でも最終的にははにかむように笑ってくれた。