019:ナンバリング

 

 

「ねえねえわぴこ、ホントはあんた誰が一番好きなの?」
「えーとね、ぎょぴちゃんでしょ、葵ちゃんでしょ、秀ちゃんでしょ、みーこもぴーこも好きだし、ちーちゃんも好き。みんな好きだよ」
 辺りを憚るように声を潜めてかけた問いへあっさり返ってきた答えに、千歳の肩はがっくりと落ちた。しかし即座に気を取り直して質問を変える。
「じゃ、じゃあ、その中で誰か一人を選べって言われたら、あんたどうする?」
「う〜ん、どうしよう? わかんない」
 わぴこは首を傾げて暫し考え込むが、それも長くは続かない。早々と思考を放棄して首を振る。いつもならもっと真面目に考えろと怒鳴るところだが、千歳は辛抱強く言葉を重ねた。
「それじゃあ、葵と北田くんのどちらか一人を選べって言われたら、わぴこはどっちを選ぶ?」
「なんで一人だけなの?」
「なんでって……」
 くりくり丸いわぴこの瞳に見つめられ、千歳は言葉に詰まる。尋ねたのはただの好奇心だ。
 わぴこと葵と秀一の三人は、それはもう誰が見ても微笑ましいと頬を緩めるような仲良し幼馴染トリオで、互いにベッタリくっついているという印象はないが、なんだかいつも一緒にいる気がする。長く一緒にいればいるだけ相手に情は移るだろう。それが恋へと発展することも珍しくはなく、しかも三人は男二人と女一人という組み合わせだ。どちらかがわぴこに懸想しているとか、逆にわぴこがどちらかに想いを寄せているとか、目立った騒動はなく田舎に相応しい長閑な日々を満喫する千歳がそんな邪推をしたのも無理なことではない。……ようは暇を持て余して話題に飢えていただけのことである。
「葵ちゃんも秀ちゃんも友達だよ。二人とも同じくらい大好きだもん。それじゃダメ?」
「……だめじゃ、ないけど」
 そう言いつつ、千歳はもにょもにょと口籠った。千歳とて本気でわぴこたちの三角関係を勘繰っていたのではない。ただ、ふとした拍子にか垣間見える三人だけの絆とか、そういうものを感じて何とも言えない気分になったのだ。
「だいじょぶだよ」
 ふいに、わぴこにぎゅっと手を握られる。千歳はきょとんと目を瞬いた。
「え?」
「わぴこたち、ちゃんとちーちゃんも大好きだから」
 誰もがつられて目尻を下げてしまいそうな、そんな笑顔で。
 わぴこはハッキリと言い切った。
「…………」
 千歳は絶句する。言い返そうとして開いた口は声も言葉も出さず、ただ空しく開閉を繰り返すばかりだ。いつも単純で騙されやすく、何も考えていない空っぽの頭を持ってるくせに、どうしてこの子はこんなときばかり鋭いのだろう。
「ちーちゃんは? わぴこたちのこと、好き?」
「……解りきったこと訊かないでちょうだい」
 つんとそっぽを向くのはせめてもの抵抗。虚勢だとバレていることを承知で、それでも千歳はなけなしの意地を張った。
「おーい、お前ら何やってんだよそんなとこで」
「あっ、葵ちゃんだ」
 声の主に千歳がどきりと肩を震わせると、わぴこは行こうちーちゃんとばかりに手を引いて走り出す。わぴこの足は速く、元箱入りのお嬢様であった千歳には、手を引かれているからといってもついていくのにはつらいものがあった。それでも手は離さず、スピードを落とせと文句も言わない。
(ねえわぴこ)
 心の中で呼びかける。
(あんたはみんなを同じくらい好きだと豪語するけど、葵と北田くんは男で、あんたは女なんだってこと、解ってるの?)
 いつまでもみんな仲良しのまま、同じ場所に入られない。いつかそのことに気付いたとき、わぴこが手を取るのはどちらだろうと思いを馳せる。まあどっちでもいいけどねと強がりを思った。
 いつかあんたの一番が誰になったとしても、あたしにとっての友達第一号はあんたよと、それは悔しいから永遠に言ってやらないと決めている。