002:階段
「ぐ・り・こっ」
ぴょこぴょこと跳ねるように階段を三段上がって、わぴこがくるりと振り返る。
「ほい秀ちゃーん! じゃーんけーんぽいっ」
急かされて、苦笑しながら頷いた。わぴこの「じゃーんけーん」という節に合わせて手を翳す。何でも遊びにしてしまう彼女は、こんなものでも楽しそうだ。
「あはっ、またわぴこの勝ちねっ」
そしてまた三段進む。振り返り、またじゃんけん。大抵はわぴこが勝って、たまに相子が続いたり僕が勝ったりするのだが、じゃんけんというロスタイムがあるせいか遅々としてなかなか前に進めない。普通に歩いた方がずっと早いだろうな。
「行くよー! じゃーんけーんぽいっ」
それでも僕から「もうやめない?」と言い出さないのは、楽しそうに笑うわぴこに水を差したくないからだ。他のクラスメイトたちもそうだけど、僕も大概わぴこに甘い。初めは毅然とした態度を崩さなかった会長も、日々じわじわと侵食されているようだった。まあ無理もない。僕としては、あの浪費癖がなければ今のままでいてくれてもいいと思うのだけれど。彼女の苦労は少し理解出来るのだ。僕も初めてこの田舎に来たときは驚きと混乱の連続だった。でもあのとき僕は子供だったから、苦労もストレスも彼女の比ではなかっただろうけど。
覚えている。今より少しだけ泣き虫だったわぴこと、サングラスなんてかけてなかった葵、半ズボンを穿いていた僕が、三人で飽きもせず野山を駆け回っていたこと。
「ち・よ・こ・れ・い・と、と」
「ふわ、すごい秀ちゃん! わぴこ、もう追いつかれちゃった」
素直に感心するわぴこに笑って応える。良心が痛んだけど、僕は結局何も言わなかった。きっと気付いてないだろうな、僕がずっとチョキしか出してないことに。だからわぴこはグーを出したときしか勝てなくて、三段ずつしか上がれないのだ。
「わぴこ」
「んー? なあに、秀ちゃん」
僕は俯いていたのでわぴこの表情は窺えなかったけど、きょとんと首を傾げていることだけはなんとなく判る。
「手、繋いで歩こうか」
「うん、いいよ!」
脈絡のないこちらの要求にも、わぴこは笑って応えてくれるのに。
「早く行かないと、またちーちゃんに怒られちゃうもんね!」
「そうだね」
ごめんね、卑怯なやつで。
置いていかれることは嫌なくせに、僕はみんなを置いていこうとしている。わぴこを泣かせて葵に殴られる覚悟ならあるのに、このままここに留まって生きていく勇気はないのだ。
差し出してくれた手、握ってくれた手を、僕はいつか離してしまうのだろう。離したくはないのに。我が儘な僕。卑怯な僕は、きっとわぴこの隣にいられない。
本当はこのままずっと、わぴこの隣を歩いていけたらいいと思うのに。