039:オムライス
「おいしい!」
笑顔で告げられたゴーサインに、後鬼丸の頬が緩んだ。
「本当ですか、良かった。洋食はあまり作ったことないので不安だったんですけど」
「ホントホント。うわあ、あたしもうかうかしてられないな。料理の腕で後鬼丸くんに負けちゃったら、もう偉ぶれないもん」
そう言って、小明はにこにこ笑いながらスプーンを口に運ぶ。
「あ、ホラ後鬼丸くんも食べなよ。折角自分で作ったんだから」
「それじゃあいただきます」
二人の周りだけ花でも漂っているように穏やかで和やかだ。それとは対称的に、後鬼丸の反対側に座った前鬼は、親の仇のようにそれをかっ込んでいる。ボロボロと食べかすが落ちるのも気にしない。小明が眉を顰めた。
「前鬼、綺麗に食べろは言わないから、せめてもうちょっと美味しそうに食べなさいよね。折角後鬼丸くんが作ってくれたのに」
「うるせえなぐちぐちと。おら後鬼、もっと寄越せ」
空になった皿を放り投げると、後鬼丸は危なげなくそれをキャッチし、仕方ありませんねと立ち上がる。
「もう、何怒ってんの? おいしいじゃないこのオムライス」
小明が言った。前鬼は眉を寄せる。
「怒ってねえよ」
「嘘。じゃあなんでそんなに機嫌悪いの?」
「てめえがぎゃんぎゃんうるせえからだ」
「なんですって!?」
「まあまあ小明さん、前鬼は妬いてるんですよ」
新しいオムライスを持って、後鬼丸が戻ってくる。
「違っげえようつけがっ! 妙なことほざくんじゃねー!!」
「それならば少し黙っていていただけませんか。はい、これで最後ですよ」
再び声を荒げた前鬼をさらりと流し、後鬼丸は座りなおした。それと入れ替わるように、スプーンを置いた小明がぱんっと手を合わせる。
「ごちそうさまー。ああおいしかった。また一緒に作ろうね、後鬼丸くん。今度は別のでも」
その表情は実に満足げで、後鬼丸のそれも思わず緩む。
「はい、是非」
「洗物あたしがやるから、持ってきてね」
小明が奥に引っ込むのを見届けてから、後鬼丸は堪らずとうとうぷっと吹き出した。前鬼は、それこそさながらの表情で相方を睨む。
「何笑ってやがんだてめえはっ!?」
「笑いたくもなりますよ。ボクが小明さんを独り占めするのがそんなに嫌だったら、あなたも一緒に台所に立てばいいんですよ」
「誰がするかそんなもん!」
「だったら、いちいちそんな顔でボクを睨むのはやめてほしいですね」
「元からこの顔だっ!!」
不毛な言い合いに後鬼丸は肩を竦めた。まったく以て素直じゃない。その頑なさはさぞ彼の枷になるだろうに、それでも彼はその枷だけは破壊しないのだ。それ以外なら周囲を顧みず木っ端微塵に粉砕するくせに。
主と教え教わりながら料理を作る時間は好きだが、そのたびに背後から射殺さんばかりに相方から睨みつけられるのはいただけなかった。認めてしまえばいいと思うが、けれど代わりに自分の居場所がなくなるようで、それはちょっと遠慮したい。
後鬼丸はやれやれと肩を竦め、空になった食器を持って立ち上がった。