004:マルボロ

 

 

「なんで誰も怒んないんですかっ!?」
「はあ?」
 何やら唐突に怒り出したハルに、獄寺は顔を顰めて振り返る。何をするにもハルはいつも唐突だ。思考回路が一般人とは違う造りになっているらしく、やることなすこと突飛過ぎてついていけないことが殆どである。
「だって、獄寺さんはまだ未成年でしょう。なのにいつもそんなふうに堂々と煙草吸ってるのに、誰も怒らないなんておかしいです」
 どこからそんな話が出てきたのだと獄寺は記憶を探った。ついさっきまでは互いに無言で、目的地である沢田家へ向かってただ歩いていただけだったのに。まあ確かに今の自分は煙草を吸っているけれど。……もしかして、風向きの影響か何かで煙が顔にかかるとかそういうことが言いたいのだろうか。
「俺は面倒くさくないからいいんだ」
「面倒くさいとかくさくないとか、そーゆうもんだいじゃないんですっ! 煙草なんて百害あったって一利もないんですよ! 肺癌は言わずもがなですが、脳卒中の危険性は非喫煙者の一、七倍だっていうじゃないですか!」
「うっせーな余計なお世話だよ」
 あまり人相のよくない自覚のある顔を、思い切り強面に顰めてやった。が、ハルには通じない。何故なら彼女は獄寺など見ていなかった。
「いいえ言わせてもらいますっ!!」
 いやもう黙れお前。そんなツッコミが暴走しだしたハルに届く筈も、ハルが受け入れる筈もなく。明後日の方向を向き力強く拳を握り締める彼女は、もう誰にも止められない。ハル自身が我に返って勝手に止まってくれるまで、誰にも。
「そりゃあ獄寺さんが肺癌だろうと脳卒中だとうとで死ぬのは自業自得で、そんなことハルはどうだっていいんです。でも煙草の被害は吸ってる人よりもその周りにいる人たちの方がずっと酷いんですよ! 獄寺さんが一緒にいる人といえば、ツナさんとか山本さんとかリボーンちゃんとかランボちゃんとか、そんな罪もない人たちに何か遭ったらどう責任を取るつもりですか獄寺さんはっ!!」
 ツナとリボーンというキーワードに、獄寺は不覚にも一瞬詰まる。それが彼から反論の機会を奪った。
「一番いい方法は獄寺さんがツナさんから離れることですけど、でも獄寺さんにそんなつもりはないんでしょう? だったらもっと控えるべきです!!」
 畳み掛けるように、ハルはビシッと言い切った。それにしてもよく回る口である。伊達にエリート校に通っているわけではないらしい。
「一番恐ろしいのは女性への影響です。ハルに、ハルが、妊娠の出来ない体になったらどうしてくれるっていうんですかっ!?」
「はあああああっ!?」
 どうしてそうなるっ!? 獄寺はひくりと頬を引き攣らせた。妊婦への悪影響は以前から声高に言われていた事柄だが、まだ妊娠もしていない女が煙草の副流煙で不妊症になったなどという話は聞かない。
「ハルにはツナさんの子を産むという重大な使命があるというのに!!」
「ちょっと待て、そんなんいつ何処で誰が決めたってんだこのアホ女!!」
「だってハルはツナさんのお嫁さんになるんですよ」
「十代目にはなあ、テメーよりもっとず――――っと相応しい女性がいるんだよっ!!」
「じゃあ二号さんでいいです。愛人ポジションで」
「いいわけあるか! 大体それ決めんのはテメーじゃなくて十代目だろーがっ!」
「わかりました。それでは今からツナさんに頼んで」
「やめろ!!」
 獄寺は叫んでがっくりと肩を落とす。戦闘でなら瞬発力も持久力も自信はあるというのに、たかが口喧嘩でこの疲れは何だ。この数分間で、体力だけでなく気力まで根こそぎ持っていかれたような気がする。
「獄寺さん? 大丈夫ですか?」
「誰のせいだ誰の!」
 気遣いなのか何なのか、背中をさすってきた手をぞんざいに振り払った。ハルは不満そうにも心配そうにも取れるような表情で、軽く頬を膨らませる。
「ホラ煙草なんか吸ってるから、こんなことでそんなに息切れしてるんじゃないですか」
「何でも煙草のせいにすんじゃねえよっ……!」
 俺にとって百害あって一利なしなのはお前だと、今この場で声高に叫べたらどれほどいいだろうと思う。そして意地でも煙草をやめてやるものかと心に決めた。