長く生きていると、それでなくとも過去のことは忘れやすくなってしまう。仕事に追われる多忙な日々を送っていれば尚更だ。最初は慣れず、優越より居心地の悪さしか齎さなかったこの名称はいつの間にかすっかり自身に馴染み、今では以前の呼び名を思い出すことの方が難しくなった。良くも悪くも、時の流れは止まらない。
そんな中にあっても一つだけ、ふとした拍子に蘇ってくる光景がある。いとおしいまでに無知で愚かな、可哀想なくらい拙く傲慢であり、けれど羨望を抱くほどに一途で真っ直ぐな祈り。ありきたりな祈りだった。必然的に離れざるを得ない者との別れを拒み、それがどれほど罪深い願望なのかを知らないゆえに、少女はただひたすらに祈っていた。
最初にヒトへ祈ることを教えたのは誰だったのだろうと皮肉を思う。決して聞き届けられることのないそれは、互いに胸の痛みを齎すだけなのに。
感じたのは哀れみだろうか。冷たく固まった骸に取り縋って泣いている。何処にでもある、既に見飽きたといってもいい光景。この瞬間にも何処かで成されているであろうそれを、いつものように通り過ぎてしまえなかったのは、少女の眼が見えぬ筈のこの姿を確かに捉えていたせい。目尻に今にも零れそうなほどの涙を湛え、無知であるがゆえの傲慢が成す、けれど愚かしいまでに一途な思いを乗せた拙い祈りに、ああなんて因果な職業だと思ったのだ。――――おねがい。
『おねがいです。どうかそのひとをつれて行かないで』
追憶はアルペジオ