彼が誰かに膝を屈しているところなど、今となっては想像できない。出会う前はあんなにも、大人しく小角に付き従っていると信じて疑わなかったのに、今ではそちらの方があり得なく感じてしまう。

(でもだからって、嫌いにはならなかったわよね)

 散々失望させられはしたけれど、それでも憧れた強さは幼心に思い描いていた通りのものだった。粗暴で自尊心が強く、自己中な彼は従えるのに随分苦労させられたが、術者としての自覚が薄かったあの頃の自分には、式神としての自覚が皆無だった彼が相応しかったのかもしれない。

(ねえ前鬼)

 黙したままの石碑に語りかける。意地や照れが邪魔をして、何一つ素直に言えなかった言葉。どさくさに紛れてその一部を叫んだこともあったけれど、そんなことは既に忘れることにしている。初恋の告白が、観衆の多いあんな殺風景な場所で勢いに任せたものであっては、ロマンも何もないではないか。

(あんたは、くだらないって言うんだろうけど)

 それをも照れ隠しだと言って笑いながら流せるくらいには、自分も年を重ねてきたと思う。ずっと長い間心の中で温めてきた想いを、今なら言える気がした。聞こえないなんて言わせない。だって彼は、呼べば必ず来てくれた。

(あたしはずーっとずっと、あんたのことが)

 

 

たぶんあれは恋だった