029:デルタ

 

 

 上品な封筒にペーパーナイフ滑らせれば、これまた上品な便箋が顔を出す。それは相手への気遣いというより己の教養と財力を見せびらかしたただの当て擦りと知っているから、千歳は遠慮なくケッと顔を顰めた。どうせ誰も見ていないし、こちらが同じことをやったら向こうも似たようなことをやるだろうということの想像はついている。どっちもどっちだ。
 不本意ながら上質だと認めざるを得ない便箋を開けば、嫌味ったらしい挨拶のあとに今度の勝負内容、そして勝った方が葵を手に入れるという、葵本人が知れば激怒するに違いないことが書かれていた。
「懲りないわねー、あの女も」
 千歳は呆れたように息を吐く。
 新田舎ノ中学校と都会ノ学園は仲が悪い……というより、その生徒会長同士が勝手にいがみあっているせいで、何かと対立することが多いと言うべきか。それは幼稚園からの因縁に始まり、一度は赤貧に陥った千歳が父の遺産で学校を建て直したこと、由利香が葵に一目惚れなどしてしまったせいで、両者とも余計に「あんなやつに負けるもんかっ!」という意気込みが強くなってしまっている。
「どーせまたあっちが負けるに決まってるわ」
 これまでの対決を思い出してフンと鼻を鳴らした。何しろ新田舎ノ中には、いろいろな意味での常識外れが揃っているのだ。
 普通に競えば新田舎ノ中が名門都会ノ学園に勝てる筈はないのだが、常識外れの行動、その場のノリという時の運、さらにそれを認めてしまう周囲によって、勝負は今のところは何とか新田舎ノ中に軍配が上がっているように見える。……見えるだけであって、本当は勝敗も何も着いていないのだが。
(……それに)
 千歳の指から便箋がひらりと舞い落ちる。
(葵に関してのライバルは、あんたじゃないのよ)
 もっと警戒すべき相手ならすぐ傍にいるのだ。ある意味で、由利香よりもさらに手強い相手。
(まあ、あの二人にラブロマンスが始まってどーこーなるってのは想像できないけどね)
 そもそも、葵はともかくわぴこが誰かに恋情を抱くという辺りからして想像がつかない。この思春期真っ只中で、普段から「みんなどぅわーいすきー」などと公言しているようなやつである。
 とはいえ、その感情が恋愛にならなくとも、彼らの関係はこの先ずっと変わらないような気がして、それはちょっと焦ってしまう。それにたとえわぴこにその気がなくとも、葵はどうなのかがいまいちよく解らない。何だかんだ言いつつ、彼が一番気にかけているのはきっとわぴこだろうから。
(せめてわぴこが、由利香とか海野さんみたいな子だったらよかったのに)
 否、良くはないのだが。けれどその方がずっとやり易かったに違いない。第一あの二人の間に恋情がないとするならば、どれだけ仲が良くしていても咎めるわけにはいかないではないか。恋を知らない相手にどう立ち向かえというのだろう。
(わぴこが誰かに恋するってゆーのは考え難いから、まずはやっぱり葵をオトすのが先決よねっ)
 とりあえず通う学校の違う由利香より分はこちらにある。同じ土俵に立ってもいないわぴこをライバル視するのは、間違いだと解かってはいるけれど。
(負けられないもの)
 千歳は気合を新たに入れなおし、万年筆を取った。