| 01. 唯一の | ゆいいつ。ただひとつ。それだけ。 少女は泣いた。その他大勢に埋もれてしまうのは嫌。誰かにとっての特別な一人になりたいと。 少年は戦く。ただ一度でも失われたら、もう二度と取り返しがつかないその存在の重さに。 ある人は言った。それは世界中の何処にでも満ち溢れているものだよと。 | 
| 02. 油断 | 「油断は信頼の現れってホントかな?」 | 
| 03. デジタル |  自ら夜遅くまで勉強を重ね、祖父の手つきを見よう見まねで覚え、形を組み立てていく。組み入れる部品、繋ぐ配線、入力するコマンド、唯の一つでも間違えれば動くことはない。 | 
| 04. 結局のところ | 「好きなんでしょ?」 | 
| 05. 猫 |  ネコは俺の友達だ。 | 
| 06. メガネ |  レンズ越しに世界が歪む。脳がぼうっとする感覚に顔を顰めた。 | 
| 07. ぬいぐるみ |  ぷすっ | 
| 08. チケット |  ポケットには彼女が見たがっていた映画のチケット。普段は気にしないけど、ニュースでやってた血液型占いの恋愛運は好調。空は眩しいくらいの快晴で、吹いてくる追い風が気持ちいい。 | 
| 09. 花火 | 「浴衣着て花火イン縁側! これぞ日本の夏って感じだよね〜」 | 
| 10. 体温計 |  触れた肌は、彼にとっては冷たく、彼女にとっては熱かった。 | 
| 11. バースデー | 「誕生日おめでとう!! やあやあめでたいめでたい。産まれてきてくれた君に心からの言祝ぎを。むしろこちらが礼を言いたいくらいだね。産まれてきてくれて本当にありがとう。君という存在が産まれた今日この日に乾杯。今まで結構それなりに長く生きてるけど、やっぱりこの瞬間が一番嬉しくて感動するよ。ん? 私? いやいや、改めて名乗るほどのものでもないよ。隠し事? そんな、君と私の仲じゃないか。うんまあでも君が私を知らなくても仕方ないかな。え、やだなあ、何もそこまで不審そうな目で見詰めてくれなくても。つまらないよ、私の話なんて。一番退屈してる私が言うんだから間違いない。年長者の苦言には、多少納得いかなくても従うことをオススメするけど。はは、わかったわかった。予め呈示された忠告に敢えて背くか。うん、それでこそ君だ。いいよ、何でも訊いて。今日の私は頗る機嫌がいいから、解る範囲なら何でも答えてあげる。え、機嫌がいい理由? そんなの、君が産まれてくれたからに決まってるじゃないか。だって、停滞という名の生き地獄がこれでまた一歩遠ざかったも同然だからさ。変化のない停滞した毎日以上に恐ろしいことなどないよ。真っ白な、あの何もない時間。安穏と平穏に支配された空間。平和という名の檻。こってりとしたコクとまったりとしたトロみのあるぬるま湯に浸かっているような日々。何度、このままでは芯までドロドロに溶けそうだと危機感を抱いたことか。柄にもなく、生きてきた意味を真剣に考えてみたくもなるよ。あ、ここ笑うところね。あれ可笑しくない? 変だなあ、これが世代の差というやつなのかな? ってことは、私ももう長くないってことなんだろうか。嬉しいようなつまらないような。ああごめん、話が逸れたね。本当に感謝してるんだよ、君には。だって君が産まれてからというもの、毎日が楽しくて仕方ないんだ。こんなにワクワクウキウキしながら明日を待つのは何億年ぶりかな。レックスたちがいなくなった時以来だよ。あれはさすがの私もびっくりしたね。その前からだっていろんな子たちの生没を祝って悼んできた私だけど、あの瞬間ほど胸が躍った出来事はなかった。今でもはっきり覚えてるよ。瞼を下ろせば鮮やかに浮かんでくるこの映像、音、衝撃。思い出すたびに私の心は震えるほど歓喜してる。これらすべてを文字に書き表せと言われたら、私の年齢を同じ枚数の原稿用紙を以ってしてもまだ足りない。この恍惚とした胸の高鳴り君に伝えられないことが唯一残念だ。いつだって支配者の盛衰ほど、心踊る劇はないんだから。ああまた話が逸れてしまったね、これも一種の老化現象なのかな? まったく、年を取ると変に感慨深くなってしまうからいけない。そんなわけで、これ以上ないくらい楽しませてくれる君の誕生を、私が祝わないわけがないだろう? ……え、解らない? 困ったな、これ以上何をどう説明すればいいのやら。ああそうそう、一つ言い忘れてた。天の邪鬼で楽観主義な君でも、これだけは素直に聞いてほしい。君が私の上を賑わせてくれてるのは一向に構わないんだ。むしろどんどんやってほしいというのが本当のところなんだけど、でも今はそれをもう少し抑えてくれないかな。だってこのままでは、私の寿命が尽きる前に君が消えてしまうよ。そんなことになったら、君がいなくなった世界で私は一体何を楽しみに生きればいいんだい? これは忠告じゃなくて懇願だね。どうか老い先長い老人の頼みだと思って聞き入れてほしい。おっと、ちょっと長居しすぎたね。それじゃあ私はこの辺で。君が大きくなった時は、また元気な君を産んでね。極東の島国では少子化が問題になってるみたいたけど負けちゃだめだ。私はいつだって君を応援してる。誕生日おめでとう。君の行く末に祝福あれ。どうしてもいなくなる時はせめて派手に頼むよ」 | 
| 12. 背中 |  大きいくせにやたら遠いところにあるそれへ、追いつきたいとは思わない。隣に並びたい、とも。 | 
| 13. 昼休み |  授業終了のチャイムと共に教室を飛び出す。同様の生徒たちを多数見付け、ただでさえ加速する駆け足に、さらに焦りという名の原動力がプラスされる。 | 
| 14. バスタオル | 「ったくお前、女なんだから、自分の髪の毛くらいちゃんと拭いてこいっつーの!」 | 
| 15. 日記 |  代わり映えのない日常を送っていると、書くことはすぐなくなってしまう。別に波乱万丈の人生を歩みたいわけではないけど、一日に一つくらい、何かの小さな事件くらいあってもいいと思うの。 | 
| 16. 花盛り | 彼女が笑う。その背後に花を見たのは、きっと俺だけではない筈だ。 | 
| 17. ペンケース |  途切れた集中力にふと顔を上げると、視界を掠めた新品のそれに思わず頬が緩む。大事に使ってねとは言われたが、わざわざ言われなくともそうするつもりだった。 | 
| 18. ナマエ |  今、何て。 | 
| 19. 眠気 |  ふわわ、と存外大きな欠伸が出た。傍にははしたないと注意する相手も、憚るような相手もいないので、慎み深く手で隠したりはしない。 | 
| 20. 要求 | 「ハ〜イマイスイートハニー! いつまでも意地を張らず、素直になってボクと付き合う決心はついたかな?」 | 
| 21. 読書 | 「お姉さん、これ読んでください」 | 
| 22. ドラッグストア | 「それでは、ご自分のお名前と出身校を教えてください」 | 
| 23. 満足 |  これで満足かと尋ねかけてやめる。そんなもの、顔を見れば問うまでもないことだ。 | 
| 24. ただいま |  知らなかった。 | 
| 25. 歌 |  歌う。謡う。詠う。唄う。 ねえ、あなたは何処にいるの? | 
| 26. 何より大事なもの | 「持てないよ、そんな恐ろしいものは」 | 
| 27. 曇り空 |  空は曇天。今にも泣き出してもおかしくはないのに、なかなかそうはならない。 | 
| 28. ゼリービーンズ | 「こうやって押しつぶして、外から食べるのが好き」 | 
| 29. 写真 |  ふう。 | 
| 30. 終わりのない |  当たり前のように昇る太陽は、緩やかな新しい一日をつれてくる。
 待っているのは他愛ない会話。退屈な昨日の繰り返し。来られても困る世界の終わりに思いを馳せるほどには暇な毎日だ。 |